美浜町に来て3ケ月。


こんにちは、アミです。

5月に入りまして、ワタシが美浜町に来てから丸3ケ月が経ちました。

何だか毎日が濃くて、あっと言う間に過ぎていた時間でした。


今日は美浜町の情報でもなく、ワタシが今感じていることをつらつらと書いてみます。

誰に向けて・・でも無いのですが、ゴールデンウィークですので(?)

たまにはこんなのも良いかなぁと。


と、言う訳で上の写真は名古屋の栄にあるテレビ塔です。

我が故郷、名古屋のシンボル。



そう、美浜町に来てから2ケ月を過ぎた頃からでしょうか。

名古屋と言う場所に対して、ホームシックになっている自分に気付きました。


37年住んでいた名古屋です。

生活していた頃は地下鉄もあんまり好きじゃなかったし、人ごみも嫌い。


暮らすにはとても便利な場所ではあるけれど、生まれ育った街に対して「故郷」と思える感情も無く、何を誇れるのか、何を自慢できるのか・・全然、思い浮かばないのです。

そのことが30代に入ってから、どこかでコンプレックスのようになっていました。


ワタシは2011年の東日本大震災があってから、何回か岩手県の陸前高田市に足を運ぶようになっていました。


そこで出会った人たちと話していると、津波で町が消えてしまったけれどこの地を愛しているのだな・・と伝わってくることが多かったのです。

(もちろんそんな簡単に言い切ってしまえることだけでは無いのですが。)


そんな風に故郷が思えるのは・・・とても素敵なことだと思いました。



ワタシも自分が生活する場所に対して、もっと愛情を持てたり誇りを持てたりできないものか・・

このことが、ワタシが名古屋から離れてみようと思ったことの理由のひとつです。

実は最初は移住先はどこでも良かったのです。

(いろいろな縁があり、結果美浜町に来ることができたのですが。)


上の写真はワタシが通っていた高校の近くからの風景。

先日、高校生の時以来20年振りぐらいにカメラを持ってじっくりと歩きました。


その時に、つくづくこの光景によって今の自分は作られていたんだなぁと気付かされました。


泣いて歩いた道や、酔っぱらって帰った道、好きな人と一緒に歩いた道・・

思い返せば、全部が恥ずかしい。恥ずかしいことだらけの自分の人生。

(まぁそれだけに愛おしいとも思えるのですが。)


でも、そんな恥ずかしい思い出が沢山詰まっている名古屋と言う場所に生きていた自分がいます。


良い歳して、まさか名古屋に対して望郷の念にかられるとは・・

とも思うのですが、やっぱりこのことがとても嬉しかったのも事実でした。

離れてみて、わかるのですね。ワタシと言う人間は当たり前のことに気付くのが非常に遅いのです。



でも、そんな自分の視点で美浜町を伝えられるのも面白いんじゃないかって思うのです。

だって、美浜町の風景は故郷でなくとも自慢したくなる場所がやっぱり沢山あるのです。









4月からは、ワタシより15歳年下のしおりちゃんと二人で青海波として活動をスタートしました。

2人とも美浜町の出身ではないけれど、縁があってこの土地で暮らし美浜町を発信する仕事をしています。


そのざっくりしたイメージから出発しているので、今は二人とも手探りで試行錯誤の毎日です。

でも、やっぱり届けたいです。今、自分たちが生活しているこの町の風景を。人を。



Instagramもそれぞれやっています。

よろしければ、のぞいてみてください。

ワタシたちなりの美浜町の暮らしをお届けしていきます。


*アミ Instagram コチラ!

*しおり Instagram コチラ!


ご清聴、ありがとうございました!

それでは皆さま、良いGWを!

-青海波-

- せいがいは - 愛知県知多半島よりお届けする 美浜のくらし。生活のあれこれ。

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