かっぱの家族、深い愛の物語



こんにちは、しおりです。


四年と少し前、わたしが美浜町に引っ越してきた当初、妙に気になりました。

原付でふらふら散歩しているとき、時折ふと目に入る、海岸沿いのかっぱたちのこと。


そんな数年越しのかっぱへの思いが、ついに実りました。

市民団体「かっぱの家族」を運営しておられる方にお話を聞き、じっくりかっぱと向き合ってきました。


その様子を二回に分けてお届けします。





こちら、かっぱの苑。

名鉄河和駅から徒歩10分、日間賀島や篠島へのフェリーが出ている港の一角にあります。





かっぱの家族。

父ちゃんかっぱと、母ちゃんかっぱと、花ちゃん娘かっぱ。

実は、家族3人が揃ったのは、つい最近のことなのです。


野間海水浴場にいる、父ちゃんかっぱ。

河和海水浴場にいる、母ちゃんかっぱ。

河和口海水浴場にいる、花ちゃん娘かっぱ。


「かっぱの家族」の方々の力により、家族3人は、それぞれ各海水浴場を見守っていました。

そんな姿が、新聞の記事になったことがありました。

すると、その記事を読まれたあるご夫妻が寄附をしてくださりました。

そうして、55年の歳月を経て、家族3人はようやくかっぱの苑で一緒になれたのでした。


もともと、海水浴場のシャワー施設として建てられたかっぱたちの像。

現在は、河和と河和口の海水浴場は閉鎖され、野間海水浴場のみの運営ですが、3人のかっぱたちは、今日も美浜の海を見守ってくれています。





なぜ、かっぱだったのか。

どうやら、美浜にはかっぱ伝説というものがあるらしいのです。


かっぱの苑にあった碑の童話を読んでみると、なんと悲しい物語でしょう。

父ちゃんかっぱと母ちゃんかっぱの間には、花ちゃんの他にも和ちゃんというきょうだいがいました。

しかし、和ちゃんは人間の子どもを助けた後、海に消えてしまったのです。


世の中の童話はハッピーエンドが定番なのに、救いようのない物語に思えます。

でもね、見落としていました。

「つづきはうらへ」と、左端に小さく書いてありました。

消えてしまった和ちゃんは、隣町の竜宮城で助けられ、再び家族と共に暮らせたようです。

花ちゃんが鯛を抱いているのは、その証なんですね。





フグを抱いているのは、花ちゃんのお婿さんの河太郎。

花ちゃんと河太郎の息子の美男くんと、娘の浜子ちゃん。


こちらもご夫妻の寄附により、建てられました。

美浜町のご出身だそうで、地元の町のためにたくさんの寄付をされています。






かっぱの苑から移動して、やってきたのは全忠寺。

ここにあるものが存在すると、「かっぱの家族」の方にお聞きしました。


少し話が逸れますが、全忠寺では、先日、「みはま竹灯り」という竹灯籠を灯すイベントが開催され、多くの人で賑わいました。

竹林という一見マイナスに思える問題を、こうしてプラスに変換して、みんなで楽しい夜を過ごせるのは素敵なことだと思います。




全忠寺、とっても立派なお寺です。





小さな町の小さな行いが、いずれ大きな幸せとなってゆく。

それはまるで、「かっぱの家族」の方々が美浜のためにしていることのようです。





住職さんに案内していただいて発見したのは、かっぱの家族像の抜け殻でした。


市民団体「かっぱの家族」は、美浜のため、かっぱたちののために、力を注いでいます。

活動を存続していくことは、簡単なことではありません。

現在は、地元のお祭りなどに出店し、焼きそばを売り、その利益を運営費用とされています。

その情熱はものすごいものです。

地元愛が漲っています。


次回の記事では、「かっぱの家族」の方の愛情が、さらに溢れ出します。

どうぞご覧ください。







かっぱの家族


かっぱをシンボルに活動する、地域活性化を目指す市民団体。



*かっぱの苑*


かっぱたちの像と碑のある広場。


愛知県知多郡美浜町河和北屋敷276(map

-青海波-

- せいがいは - 愛知県知多半島よりお届けする 美浜のくらし。生活のあれこれ。

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