どっちつかず生活でススメ。


こんにちは。スタッフのアミです。

名古屋から美浜に移住して一年が過ぎ、最近思うことなどを今日は書いてみたいと思います。


と言っても、オチもお得な情報も何もありませんので悪しからず・・。


私は実家が名古屋で、距離的にも近いこともあり月に2回くらいは休みの日を名古屋で過ごしています。だからか、未だに自分は「名古屋の人」って感覚が残ったまま生活しています。



美浜での暮らしや知多の魅力については日々感じているし、家から海まで歩いて10分くらいで行けることや、自然が多いこと、名古屋で生活していた時には出会えなかった人たちと出会えたこと・・などなど、ここでの生活が充実しているのは確かです。


でも、やっぱり自分はつくづく都会で育った人間だと気付かされる日々があり、相変わらずそうゆう目で色んなことを見て考えています。そんな所を捨てたいような、捨てたくないような。


私は所謂「田舎暮らし」に憧れて移住した人間ではありません。ただ、ず~っと暮らしていた場所以外で生活する自分ってものに興味があるだけでした。


なので、家の中での生活は名古屋といる時と全く変わらない、むしろradikoやらAmazonプライムやらwowowやら・・そっち方面が名古屋にいた頃より充実したことにより都会を離れたけれど、実際は普通に情報過多な状況なのです。やっぱりそれらは、簡単には切り離せない。いや、外に出れば自然が溢れているからこそ、求めてしまうものなのかも。


だから最近は自分がどこの人なんだかよくわからないなぁ、って気持ちになります。別にどこの人であろうと関係無いと言えば関係無いのですが。


ただ、やっぱりその人の考え方や価値観って生活している場所の風景に大きく影響を与えるのは確かです。




驚くことに、最近では東京や大阪に行った時に自分が「お上りさん」状態になっていることに気付くのです。『ビルすげ~!』とか『こんなにいっぱい建物が~』とか・・。


そんなもの、名古屋で35年以上生活していたのだから見慣れていたはず。いや、生活していた頃はそんな都会の風景がどちらかと言うとそれ程好きじゃなかった所もありました。だからこそ移住を考えた所もあったので。


でも、今自分が都会と田舎、どちらの人間でもなく、どちらの人間でもある。となった場合、今は両方が好きなんです。どっか嫌な部分があったとしても、自分にはもうひとつ居場所がある。そう思えることが、少し気持ちを楽にしている気がするのです。


そして、ビルが所狭しと建ち並んでいる風景も、何十年も変わらない自然の多い風景も、どっちも当たり前じゃないんです。と言うか、両方が不思議な感じがするのです。今の自分にとっては。


変わっていく風景の中で生活したい人と、変わらない風景の中で生活したい人の違いって何だろう?そんなことを海を見ながら思わず考えてみたりするのです。・・ヒマ、なのでしょうか?




どこかに属したい気持ちもありながら、どこにも属してないフワフワした感じ・・。どっちつかずな自分なのです。


「都会と田舎の二重生活」なんて言える程のものでは無いですが、両方の良いとこどり生活を送っているのかもしれません。わかりやすく言うなれば、こんな風景と例えば今池の居酒屋が、今の自分にとっては同時に心休まる場所なのです。両方欲しい。




ゴールデンウイークには友達が我が家に泊まりに来て、楽しんでいってくれました。知多半島は観光地でもありますが、車の無い私は友人たちをそのような場所には連れて行きません。普段私が散歩したりする場所に連れて行くだけです。


それでも、やっぱり「海、いいでしょ!」ってちょっと自慢したくなる気持ち。よく考えたら、住んでいる場所を人に自慢したくなる気持ちは今までの人生に無かったことでした。








遊びに来る友達へ。

癒されるのではなく、一緒にかき回されていってくださいな。


-青海波-

- せいがいは - 愛知県知多半島よりお届けする 美浜のくらし。生活のあれこれ。

0コメント

  • 1000 / 1000